日本における大型建物施設への
雨水利用のルーツ
NPO法人 雨水利用と緑化を進める会
理事長 臼井 章二
日本経済、高度成長の真っ只中、「雨水利用」という言葉さえなく、ましてや手本となる文献や事例はまったくなかったころ、1965年ごろから雨水をトイレの流し水や、庭木の散水等に活用した。その後1980年には、雨水を自宅建物地下を利用して貯留し、生化学的処理を施し、鉱物を活用して飲用までこぎつけ、家庭で使用する水はすべて雨水で生活ができるようにした。建物施設としては最初であったと記憶する。
高度成長のため、全国的な都市開発により、雨が降るたびに都市での洪水が頻繁に発生するので、都市洪水の抑制の目的と施設来場者のトイレの流し水、建物外部の散水、災害時の消火用の水等に、中水として再利用できることを名古屋市に提案。それがきっかけとなり、1984年に私の家に下水道局職員の視察があり、それを元に名古屋市笠寺地区のレインボーホール建築での雨水利用の活用方法が取り入れられた。その頃にはまだ全国的にも大型公共施設への雨水利用は少なかったと記憶する。
1987年3月に完成した名古屋市レインボーホールのドーム形式大型公共施設の雨水利用は全国的にも珍しく、行政の視察が多かった。
そんな時、東京墨田区地区は雨が降るたびに下水道が逆流する、いわゆる典型的な都市型洪水が頻繁に発生する問題を抱えていた。その対策に苦労し紛争していたのは墨田区保健所職員の村瀬誠氏(現墨田区役所環境対策課職員)であった。急遽、完成した名古屋市のレインボーホールの施設見学となり来訪され、名古屋市下水道局職員の案内で視察された。後に彼の提案と熱意により、当時建設中の両国国技館に雨水利用としての提案設計変更が認められ、導入が実現されたのである。その後、異常気候による渇水と洪水対策が相次ぎ、全国の大型公共施設への水資源の必要性から雨水利用として展開していったわけである。